昔はあまり見かけなかった海鮮井なるものが最近は大手を振っている。小樽や函館など港町の食堂から生まれたのか。 うにやイクラ、帆立貝、ネギトロ(これも新顔です)などが井のご飯のっている。すし屋にある鉄火井は鮪だけでご飯は寿司飯だが、海鮮井となると普通の白いご飯が多いようだ。 朝鮮料理家(モランボン流師範)で、テレビでもおなじみのジョン・キョンファ (全京華)さんから、韓国でも海鮮井に似た刺身井があると聞いたので、過日スタジオへ訪ねてその作り方を教えてもらった。 韓国語では、刺身井はフェドッパプという。フェというのは、日本語の膾(なます)に当たる。膾は細く切った生の魚介や獣肉を指すが、韓国では刺身を意味する。新鮮な魚介をいう場合と塩や酢、醤(ジャン)などに漬け込んだのも膾という。 適当な大きさにそぎ切りした魚を唐辛子酢味噌(チョコチュジャン)にまぶして、温かいご飯の上に載せれば出来上がり。まあ、鉄火井かネギトロ井を想像しもらえば、分かりは早い。鯛茶漬けのお茶(出汁)を掛ける前の状態に近い。 最近はスーパーにも売られるようになったコチュジャンに酢、醤油、味噌、おろしにんにく、生姜汁、胡麻、砂糖を適宜加えればよい。量は好みだ。彩りと薬味に胡瓜、大葉、生姜と長ネギなど。これからの季節はみょうがも良い。そう、焼き海苔も上に載せたい。韓国では大葉はあまり用いずに、最近日本でも出回ってきた荏胡麻の葉を使う。 チョコチュジャンのほど良い酸味と唐辛子の辛みにニンニクの香りが利いて、ご飯はいくらでも食べられる。もちろん酒の肴にもなる。 韓国料理の特徴のひとつは、よくかき混ぜて食べることだ。ピビムパブ(ビビンバ=まぜご飯)を思い起こしてもらいたい。「ピビム」は「混ぜる」で、「パブ」は「ご飯」だ。神様へのお供物をひとつ残らずみんなで分かち合って食べるという意味が込められている。フェトッパプも「海鮮ビビンバ」と称するくらいだから、魚とご飯をコテコテにかき混ぜて食べるとおいしい。このあたりが日本の海鮮井と違うところだ。 フェドッパプの魚は、なんでも良いのだが今回は鯵を使った。鰹や鰯でも構わない。タレの味が強いから、クセのある青魚のほうが良いだろう。キョンファさんは、エイやマナガツオを好んで食べたという。エイは体内で尿素を分解して、アンモニア臭を発する魚だが、新鮮なエイは決して臭くはないそうだ。軟骨ごと包丁で叩くのだという。房州の漁師料理「なめろう」みたいなものだろう。 日本でも刺身で食べるが、都会の魚屋では、ちょっと手に入れるのは無理かもしれない。煮付けにすると、翌日の煮凝りがまた旨い。湯がいて酢味噌も良いし、味噌汁にもする。竜田揚げも美味と聞いているが、まだ試みたことはない。 エイはフランス料理でも、酢を入れて茄でたりムニエルにするが、アンモニア臭を消すために酢入り焦がしバターなどかなり酸味を利かせたソースを用いる。 ところで、韓国では料理を食べるのに、匙(スッカラ)と箸(チョッカラ)の両方(合わせてスジョという)を使う。横に置く時は匙が手前。縦に並べる時は匙を内にして、右側に置く。匙はスープ類の他にもご飯や汁のあるおかずにも用いるので、箸よりも出番が多い。匙は食事中食卓には置かず、器に掛けて置く。 箸はその都度お膳に置く。スジョがならんで置かれたら、「ご馳走様」となる。 本来、韓国ではご飯、スープ、キムチに常備菜といった「定食」 スタイルの食事が主流で、器ひとつで済ます丼ものはなかなか受け入れられなかった。最近は都市部の学生を中心にワンボウル、ワンプレートの「トッパプ」が流行ってきた。 和食系では、カツ丼(トンカストッパプ)や、うなぎ丼(チャンオトッパプ)、中華だと麻婆豆腐丼(マパトゥブトッパプ)、酢豚丼(タンスユットッパプ)。カレー丼(カレトッパプ)、ステーキ井(ステイクトッパプ)などの洋食系もある。 |
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